LOGINこんな必死そうな顔をした人を見て見ぬ振りは出来ない、そう思って話しかける。 私が声を掛けたことで最初はその女性も驚いている様だったけれど、彼女と同じようにしゃがみ込み目線を合わせると戸惑いながらも答えてくれた。「……え、ええと? そのね、さっきこの辺りで大切な物を落としてしまって。戻って探しにきたのだけど見つからないのよ、どうしましょう」 よほど大切な物なのだろう、このまま女性一人で探しているうちに辺りが暗くなってしまうかもしれない。探し物をするのなら人数は多い方がいい、ちらりと白澤《しらさわ》さんに視線を送ると、彼も分かったという様に頷いてくれた。「じゃあ私も一緒に探して手伝いますね、落としたのってどんな物ですか?」「私も協力しますよ、鈴凪《すずな》さんを待ち合わせに遅れないようにフォローするのも私の仕事なので」「白澤さんってば、もう……」 彼は冗談みたいにそう言うけれどきっと本気なんだと思う、でもそんなやり取りで少し場の雰囲気が和んだのはありがたかった。 私と白澤さんも加わって周辺を少しずつ見て回る、どうやらかなり小さい物らしくしばらく探したが見つけきれなかったそうで…… けれども段々と緊張が解けてきたのか、おばあさんは私たちの会話で柔らかな笑顔を見せてくれるようになって。「ふふふ、貴女達はとても優しい方達なのね。こんな見ず知らずのお婆さんにも親切にしてくれるなんて」「ええと……もしかして、これでしょうか? 古い手作りのキーホルダーのようですけれど」 少し離れた場所を探していた白澤さんがそう言うと、こちらに来て手のひらのせた小物を女性に見せた。本当に古びていてそれが何かは分からないが、見た瞬間におばあさんの表情が喜びのもの変わって……「ああ、それだわ! 良かった、もう見つからないかと思ったけど……これは代わりのない大切な物だったのよ、本当にありがとう」 大切そうに両手でその小物を持つ姿を見て、そのキーホルダーが彼女の元に戻って良かったと思う。白澤さんも表情には出てないが、きっと同じ気持ちだと思った。「見つかった良かったです。もうじき日が暮れそうですし、もしご自宅が遠ければ車を手配しましょうか?」 確かにもう空は茜色で、きっと間も無く日が落ちるはず。少し駅から離れた場所ということもあり、このまま一人で帰らせるのは気が引ける。けれ
「それにしても珍しいですね、朝陽《あさひ》が外食なんて仕事以外では滅多に聞いた事がないので」 今日の仕事を終えて白澤《しらさわ》さんに駅まで送ってもらっている途中、そんな話になったのだが……朝陽さんとの外食がそんなに意外だっただろうか? そう言われてみれば何かのついでに外で食事をしたことは数回あったが、こんな風に改めて誘われた事はなかった。 彼は元々とても忙しい人なので私の方からも無理に誘いはしなくて、それで困る様なこともなかったので。「そうなんですか? でも確かに、彼と待ち合わせて食事にというのは初めてかもしれません」「ええ、普段の食事は家でしたいと言ってましたからね。まあそれも出前などばかりなので、あまり変わらないんじゃないかと話したこともありましたし」 そういえば一緒に暮らし始めた当初、いつも朝陽さんが毎晩のように出前を注文してて……途中から私が作れる時は料理しますからって言ったんだっけ。毎食とはいかないけれど、それでも彼は私の用意した食事を残さず食べてくれて。「ああ、確かにそうですね。最近では、私が作った料理にも手をつけてくれるようになりましたけど」 普段は意地悪なことばかり言う彼が、小さな声で『美味い』と呟くのが楽しみだったりするし。高級料亭のような料理が作れるわけじゃない、でも素朴な家庭料理を喜んでくれるのが嬉しくて。「ふふ、それはそうでしょう。愛する人の手料理に勝るものなどないでしょうからね」「あ、あい……っ!? 白澤さんってそういうことさらりと言っちゃいますよね、ちょっと吃驚《びっくり》しました」 白澤さんは時々こうやってとんでもないことを言い出す、朝陽さんがこの場にいたら噴き出してそうだけど。愛とか恋といった恋愛に関する言葉を、少しも照ることなく口にしてしまうことには驚かされる。「自分のことではないから言えるのかもしれませんね、流石に私も意中の相手にこんな風にハッキリとは伝えられませんし」 意中の女性、とは? と聞いてはいけないのでしょうね。白澤さんがそれを教えてくれたことだけでもきっと、かなりの特別扱いなのだと思うし。それに、その相手に全く心当たりがないわけでもないから。「なるほど? なんか白澤さんらしいという感じですね、それに……あれ、あの女性もしかして?」「どうかしましたか、鈴凪《すずな》さん?」 道の先に何や
「……それで、問題だった商談の方も上手く纏まったんですね? 朝陽《あさひ》さんが間に合ったことで、大事にならずに済んだみたいで本当に良かったです」 実家に帰った次の日、仕事の休み時間に朝陽さんと昨日の件について話をしている。こちらに戻ってきて彼はそのまま仕事先へフォローに向かったのだけど、色々と問題があったらしく今日までかかってしまったそうだ。 けれども大きな損失などは特に出ていないらしく、ホッと胸を撫で下ろしていたところで。今の私に出来ることは何もないが、いつかは彼を支えられる様になりたいという気持ちは強くなる。「ああ、ご両親には俺からもきちんと謝っておくつもりだ。本当に鈴凪《すずな》のお父さんとお母さんは良い人達で、これからは俺も含めて仲良くしてもらえたらと思ってる」「大丈夫ですよ、みんな朝陽さんのことを認めてくれてましたし。母なんて早く結婚式の招待状を送れって、それはもうしつこいんですから」 実家を出る前に家族が言ってくれた言葉も嬉しかったが、朝陽さんが心からそう思っていてくれる事にも喜びで胸がいっぱいになるようで。まだ色んな問題は残っているけれど、今の時点でこんなに幸せで良いのかなと不安になる程だ。 昨日の夜の電話で母が招待状が待ち遠しいと言っていたのは本当の事で、変更になった分の用意も急いでしなくてはいけなかった。「そうだったな、そっちの方面も色々変更する必要があるが……鈴凪は近々、俺の両親に会うこと覚悟を決めておいてくれ」 もちろんちゃんと分かっている。どれだけ相手が苦手でも、朝陽さんと真剣な気持ちで結婚したいと思ってるなら逃げてはいけない。堂々と一緒になりたいのだと伝えた上で、きちんと彼の両親にも認めてもらいたいから。「……そうですね、じゃあ全力で気合いを入れておきます」「はは、それは頼もしいな。今日は早く帰れそうだから一緒に食事に行こう、仕事終わりに駅前まで白澤《しらさわ》に送ってもらってくれ」 まさか今夜食事に誘われるとは思っていなくて、昨日の夜は結構バタバタしてゆっくり話も出来なかったから……かなり嬉しいかも。自然と顔がニヤけてしまいそうで、職場だということを思い出して必死に表情筋を引き締める。「ふふ、分かりました。それじゃあ、楽しみにしてますね」 それだけ伝えて通話を終わらせると、スマホを握ったまま大きく深呼吸をして
「すみません、お待たせしてしまって! 仕事に関して多少トラブルが起こったようで、話が長くなってしまいました」 しばらくして戻ってきた朝陽《あさひ》さんだったが、特に焦っていたり困っている様には見えない。でもそれを簡単に周りの人に悟らせるタイプではないことを、私はもう知っているから。 今の朝陽さんがいつもより笑顔を作っていることも、何となくだけど気付いてしまった。「ねぇ朝陽さん、大丈夫?」「……ああ、まあ何とか」 珍しい、朝陽さんがこんな風に言葉を濁すことなんて今まで殆ど無かったのに。私が思っていたよりも状況は深刻なのかもしれない、そう考えたら何故か身体が勝手に動いていた。 私はおもむろに朝陽さんの手首を掴むと、そのまま勢いよく立ち上がって……「――ごめん、お父さん! 私たち今から帰るね、せっかく時間作ってくれたのに本当にごめんなさい!」 深く頭を下げて父や母に謝って今すぐ帰りたい事を告げる、私たちの都合で一方的な事を言っている自覚はあるが仕方ない。どうしても朝陽さんを必要としている、そういった仕事内容ならば彼にはそっちを優先して欲しいから。 それが朝陽さんの会社での立場と責任、それを理解しても私に出来ることは少ないけれど……せめてこれくらいは。「おい、鈴凪《すずな》……?」「ええ? 一体どうしたの」 いきなりの私の発言に朝陽さんは戸惑っているし、母も驚いている様だったが意外にも父だけは違っていて。「……そうか、分かった。次に二人に会うのはきっと結婚式だろう、私も楽しみにしているよ」 すぐに状況を理解してくれた様で、怒ることなく納得してくれて。それだけじゃなく、朝陽さんのことを認めてくれたみたいで嬉しさで胸が熱くなる。優しい父の笑顔に、私達が祝福されているのだと気付いて……「――!? ありがとう、お父さん! 絶対に素敵な式になるように頑張るから、絶対に来てね」「ああ、私たちに鈴凪の幸せな花嫁の姿を見せておくれ。さあ気をつけて帰りなさい、朝陽君を必要としている部下のためにもね」「ありがとうございます! 鈴凪を必ず世界一の愛され花嫁にしてみせます、俺の隣で」 ここでそれを言っちゃうんですか、朝陽さん! 出会った頃には契約でしかなかったその言葉が、今では真実になる未来まで見えてきてる。 本当に不思議だとは思うけれど……こうして愛する人
しっかりしたように見えて兄もそこそこ天然な所があるから、ポロっと言わなくていい事を口に出してしまうのだ。悪い意味ではない事は分かるけど、そんな理由で変に距離は取って欲しくない。「こういう余計な事を言うのがお兄ちゃんの役目みたいなものなので、朝陽《あさひ》さんは気にしないでください」 こうやって笑い話にしてしまえば、兄と朝陽さんだってもっと話しやすくなるかもしれない。そして、それは正解だったようで……「は、それは鈴凪《すずな》も同じだろう? いっつも考えなしの言動で周りを振り回す、朝陽もそう思わないか?」「確かに、僕たちの出会いからしてもそうだった気がしますね」 私の考えていた事を朝陽さんは分かっていてくれていたのだろう。すぐに始まった兄の言い訳に、面白そうな話題を出して合わせてくれる。 ただ、その件については家族には黙っててほしかったんですけどね!「えっ、それは気になるわ。ぜひ二人の馴れ初めも聞かせてちょうだいよ!」「……ちょっ、朝陽さん!? これ以上、余計なことを家族に言うのはやめてくださいね!」 二人の出会いの話になった途端、母が身を乗り出し続きを聞きたがる。それはもう、少女のようにキラキラと目を輝かせながら。 すると朝陽さんはチラリとこちらを見て、私にだけ分かるように口角を上げてみせる。 ……ああ、これは嫌な予感しかしない。何とか誤魔化せないかと考えていると、父が助け舟を出してくれて。「ああ……そういえば、昼ごはんがまだだろう? 馴染みのお店があるんだ、神楽君と鈴凪も一緒に食事に行かないか?」 それは嬉しい。ちょうどお腹も空いてきたし、あのお店に行くのも久しぶりだから。すぐに「もちろん」と返事をしようとすると、朝陽さんが少し焦った様子で……「――あ、すみません。ちょっとだけ失礼します」 もしかして、何かあったのかな? 大したことでなければ、こんな大事な話の最中に席を立つような人じゃない。今朝の事も気になっていたので、無理をしてないか心配になる。 朝陽さんが離席したことで戸惑っている両親に、彼の立場上こういうことは仕方ないのだと説明した。「ごめんね、多分……仕事の電話だと思う、本当は無理をしてここに来る時間を作ったのだと思うし」「……ああ、そうだったのか」 納得したように父はそう言って、母や兄も同じように小さく頷いて理解
そんな朝陽《あさひ》さんの言葉に感動していると、その様子を見ていた母がそれはもう楽しそうな笑みを浮かべている事に気がついたが手遅れだった。この人は子供の恋愛話や、惚気が大好物な事をすっかり忘れてしまっていたから。 それで私や兄は、恋人が出来るとどれだけ揶揄われたか…… 「……まあ、お父さん聞きました!? 若い恋人同士って、本当に素敵ねえ」 「そ、そうだな」 こうなった母が止められない事を知っている父はつい彼女に同意してしまうが、この状況に焦っていることは顔を見れば分かる。真面目な話からの急な変化に朝陽さんがついていけるか心配ではあるが、まあ彼なら大丈夫だと思う事にする。 けれども、こうなる事を予測していたかのように兄が話に割って入ってきて。 「あのさぁ、母さん。今は真面目な話の最中なんだから……」 そんな兄からの注意にも、母はケロッとした表情のままでこう話した。 「そうやって堅苦しいことばかり言ってたら、余計に二人が緊張しちゃうでしょう? 私達だって上辺ではなく素顔の朝陽さんが知りたいのだから、こっちも普段の姿を見せるべきじゃないかしら」 母の言う事はもっともで、逆に緊張で畏まっていた自分達の方が自分らしくいれてなかった事に気付かされる。両親や兄の性格はちゃんと分かっていたはずなのに、朝陽さんをどう思われるかばかりを気にしてしまっていた。 恥ずかしい気持ちになり反省していると、父の方から気を使って話を進めてくれる。 「ああ、お母さんの言うとおりだな。すまないね、以前のこともあり私も少し気を張りすぎてしまっていたようだ」 「いえ。僕たちに真剣に向き合ってもらえてるのだと分かりますし、それだけ鈴凪《すずな》さんが大事にされてるんだと感じるので」 元カレのことは本当に自分に見る目がなかったのだと後悔したけど、そのおかげでこうして朝陽さんと出会えた。流《ながれ》や鵜野宮《うのみや》さんからの嫌がらせからも何度も助けてくれて、それも話してなかったから父には余計に心配かけてしまったのかもしれない。 けれどもそれも私を思ってくれている両親の優しさだと、そう言ってくれる朝陽さん。 「……そうか、ありがとう」 「余計な心配だったのかもね、鈴凪も朝陽さんもちゃんとお互いを理解し合えてるみたいだし」 少しだけ部屋の雰囲気が柔らかくなる